23年都立入試合格記~理念の体現~

今日は都立入試の発表があった。それぞれが真剣に努力を重ねた結果として、合格も、そして残念ながら不合格もあった。合格は生徒の力であり、不合格は私の力が足りなかったのだと、今年も改めて思う。ただ、それぞれの努力の軌跡は消えることのない財産として刻み込まれる。一人ひとり、胸を張って高校の門をくぐって欲しい。

毎年塾講師冥利に尽きるのは、すべての都立受験者がしっかり自分で報告に来てくれることだ。不合格の場合、塾なんて行きたくも、また塾長の顔なんて見たくもないかもしれない。それでも、最後のけじめとして、一人ひとりが顔を出して報告してくれる。保護者の方も多くお見えになって、言葉をかけて下さる。こんな塾長に過分な生徒、保護者の方々だとつくづく思う。

今年は深川高校に合格したKさんのことをぜひ記したい。Kさんは進学塾Uineの理念である真剣真摯な取り組みを文字通り体現してくれた生徒であり、このような生徒を指導できたことはまさに塾講師生活における輝かしい誇りとして、深く胸に刻むものだ。受験はどんな学校に合格するかが重要だが、どんな努力をして、どれだけ紆余曲折を経て「自分を変える努力」をしたかにも等しく価値があり、その意味でKさんの努力と合格は、最高の輝きを放つ。

Kさんが入塾したのは中2の初め、他塾からの転塾だった。学校の成績は平均レベル。ただ、確かに定期テストの点数は平均点近辺だったが、指導を初めてすぐに「これは抜本的にやらなければ向上しない」という思いを抱いた。これまでの勉強時間の少なさもさることながら、ルールに従って思考するという勉強の基礎がほぼ身についておらず、目の前にある問題に対して「なんとなくこんな感じ」で対してしまっていた。これは長期戦になるが、果たして本人の気持ちが切れずに続くだろうかという不安も頭をもたげた。

こういう困難に対して、対症療法に終始するのはある意味簡単だ。分からない問題に解説を入れてとりあえず分かる状態にすれば、定期テストはそこそこ取れるだろう。でも、対症療法は根本的な解決にはならない。もちろん高校入試は乗り切れないし、高校進学後は間違いなく萎んでしまう。どこに成績向上を阻害している要因があるのかを把握してそこに働きかけることなしに、「本当の」向上はあり得ない。ただ、根本に手をのはこちらも、そして生徒本人にとっても大変できついことだ。「そんなにやりたくない」の一言で退塾してしまうこともある。だからそういう指導はある意味「賭け」とも言える。でも、私は退塾のリスクを冒してでもリターンの大きい「賭け」に出て、その後の大いなる喜びを生徒とともに分かち合いたいと常に思っている。

Kさんの弱さは「言葉での理解の弱さ」に尽きた。それに加えてちょっと融通が利かない、真っ正直な性格もマイナスとなって働いていた(これは後に「決めたら曲げない」努力としてプラスに現れることとなる)。教科指導を通して、こうした根本をどれだけ矯正できるか、長期戦の勝負が始まった。

中2の勉強を進めつつも、特に苦手だった英語、中1範囲のbe動詞と一般動詞の区別を補習していったが、なかなか習熟できない。一旦身についてしまったやり方、思考法が、その生真面目さでなかなか上書きされない。「前はこれで上手くいった」という誤った成功体験が入り込み、無意識に勉強をねじ曲げてしまう。加えて言葉の力が弱いので、言語によるルールがなかなか定着しない。中1の復習もままならないまま、接続詞、不定詞という、中2の難関単元が始まっていく。生真面目なのでどんどん混乱する。

勝手に勉強法を曲げて、私の言うとおりのやり方でやらないで、きつく叱ったこともある。「あの頃は塾に行くのが楽しくなかった」-“辞めようと思った”とならなかったこと、そして継続を後押ししてくれたご家庭には感謝するばかりだ。

平均くらいだった定期テストの点数は、中2の一時期、5教科280点まで下がった。難しくなった学習内容、なかなか改善されない思考の癖、中1時の遅れ等を考えれば致し方なかった。本人がもっとも苦しかった時期だ。でも、補習に呼べば必ずやってくる。少しずつ言葉に対する意識もできあがってきた。真面目なので、説明が分からなければ分かるまで質問する。納得するまで先に進まない。普通、難しさを感じたり苦手分野だったりすると「なんとなくこうかな?」と思えたところで「分かりました」としてしまったりすることがあるが、Kさんは決してそれをしなかった。こうした姿勢も最後に大きな伸びを見せる要因だった。

中2の終わりから定期テストの5教科合計は平均点近辺に戻し、中3の最後の2回は354点→393点。平均点が320~330点の中学で、最後はここまで伸ばした。中2の落ち込みからは100点以上の挽回で、本人の腰を据えた努力のたまもの以外の何物でもない。

以前も書いたが、よくある塾の宣伝文句で「入塾前○○点→入塾後□□点にアップ!」みたいなのは、それが5教科100点の向上であっても、短期での成果だとすれば塾がした仕事はほとんどない。もともとそれだけの成績が取れるポテンシャルがある生徒の、学習環境を整えたにすぎないと言える。

Kさんの成績向上は胸を張って言える。「何より本人の努力、そしてそれをサポートした塾の成果である」と。1年以上にわたって自身の弱点や克服ポイントと真剣に向き合い、それを改善しようと努力した。中3後半には質問しながら「…あ、これは私のよくない癖ですね(苦笑)」みたいなことも言えるようにまでなっていた。そんな生徒が1年越しに実現した「定期テスト110点アップ」。もう、100回でもチラシに書きたい(笑)

いつものごとく長いですが、ここから後半です(笑)

定期テストは短期的な暗記学習メインなので、実は取り組みやすい。過去問や対策プリントの乱打みたいな「ドーピング」はせずとも、真面目な取り組みは点数に反映されやすいと言える。

ただ偏差値はそう上手くはいかない。相対的な実力を示す偏差値は、学校内のテストとは異なる厳密さが求められる。その「厳密さ」とは、短期ではなく長期的な記憶の定着であったり、思考スタイルの確立と安定であったりする。

Kさん、その真摯な頑張りで定期テストは中3になって目処が付いてきたが、私は不安だった。「これ、Vもぎ受けても多分偏差値は出ないよなあ…」。短期的な目標をクリアできても、知識の定着や思考法の確立はまだまだ。Vもぎを受けだしたら偏差値は「相当やられる」というのが私の予想だった。

果たして、6月のVもぎは5科偏差値46。志望校は初めから都立深川である。深川はボーダー偏差値51なので、53以上の実力はつけておきたいところ(もちろん内申点も加算されるわけだが)。6月のVもぎというのはまだ都立形式ではなく中2までの復習内容なので偏差値は取りやすいのだが、果たしてこういう数字。前途は多難だった。

夏期講習を経て,8月終わりのVもぎ。ここからは都立そっくりの形式となり、中3範囲も出題されるようになってきて、偏差値を伸ばすのは難しくなる。特に平均~平均以下の層はそうした傾向になりやすい。そんな中、Kさんの8月末の5科偏差値は44、そして10月は40(!)。まだこの時期は学校の定期テスト対策へ意識が行っていたのもあるが、ちょっと絶望的な数字。普通は志望校を変えるレベルだ。でもKさんはここでも一途、志望校は変えなかった。

10月くらいから、Kさんは学校帰りにそのまま自習に立ち寄るようになった。それも毎日。これは入試直前まで続いた。大晦日も元旦も、高3生に交じって自習をした。入試前日まで、途切れることなく自習、自主学習に励んだ。これだけ自習に通った中学生はこれまでいない。初めに「進学塾Uineの理念を体現」と書いたが、私が大切にしてきた真剣な努力、頑張る力を十二分に発揮してくれた生徒で、私には過分な生徒だった。

受験も終盤にさしかかり、勉強のピントがグッと合ってきた。例えば英語。都立の英語は長文化傾向が強く、偏差値が50くらいの生徒だと全部読み切れないことが多い。それに対する窮余の策なのか、「本文を読まずに解答する」なんておかしなやり方がそこかしこで聞かれたりするのだが、私は絶対にそういう読み方はさせない。当たり前の速読力を鍛えるやり方で、すべてをしっかり読んだ上で解答させる。高校受験時にこうやって長文読解力を鍛えておかないと、高校で英語ができるようにはならないのだ。当然のことながら勉強は高校でも続くわけであって、高校受験のためにするようなやり方は指導者の不作為だと思っている。

Kさんのまっすぐな取り組みはここでも遺憾なく発揮された。私の指導したように読めるよう、根気よく根気よく取り組んだ。特別なやり方は何もなく、授業で扱った英文、模試や過去問の英文を、徹底的に精読し、その後音読するだけだ。Kさんは塾や学校で扱ったすべての英文を精読し、音読テストを指示していない教材も「先生、音読を聞いて下さい」と進んで取り組み、グイグイ力をつけた。初めはやはり、Vもぎでも過去問でも時間が足りなかったが、そうした取り組みを続けた結果英語は得点源となり、都立過去問では英作文(12点分)を除いても、8割を切らないまで力をつけた。

私は受験期に「学習予定表&記録表」を付けさせる。むやみやたらに勉強するのではなく、自身に足りないものを自覚させ、それに取り組んで伸ばしていくという勉強を進めていく上で必須の力も、学力と同時に身につけさせたいからだ。Kさんはこういう地味な作業は得意で、毎週きっちり書いていたが、ただ書くだけでなく、その方向、やり方に間違いがないかどうかを私に確認してくるようになった。「先生、今英語は○○をやっていて、これはこのままで大丈夫だと思うんですけど、歴史がまだ弱いので、今週は歴史に時間を使おうと思うんです。でもそうすると、ちょっと理科に割ける時間が少ないかな?って思うんですけど、どうですか?」みたいな感じ。この相談もどんどん精度が上がってきて、私があれこれ指示を出すことも少なくなっていった。

12月のVもぎは5科49、そして1月の最後のVもぎでは5科55まで上げた。そして迎えた都立本番では記述をほぼ抜いて350点以上得点し、業者が設定している深川の基準得点は悠々クリアした。最後は本番での紛れだけが怖かった(真面目で一本気なので、混乱するようなことがあったらリカバーできるだろうか、という一抹の不安があった)が、それも杞憂だった。

今年の中3生は全体的に小粒で、正直中1、中2時の指導はきつかった。みな典型的な下町っ子(私もそうだからよく分かる)で、気はいいけれど子供っぽい。やらなければいけないと分かっていても、なかなか行動に移せない。こちらがあれこれ言っても最低限しかやらない。指導をあれこれ工夫しても、意図した形にならない。私も何度も壁にぶつかり、悩みながら進んできたが、生徒達もそれは同じだったろう。

間違いなくKさんの頑張りはクラス全体を引き上げる一つの牽引力となってくれた。Kさんに触発されてか、受験が近づくにつれ、多くの生徒の自習頻度が上がり、取り組みも精度が上がってきた。そして本番での結果も望外のものとなった。ここでは省略するが、Kさんだけでなく、いやKさん以上に、ほとんどの生徒の秋までの偏差値は「壊滅的」だったのだ。合格不合格に限らずそこからの一人ひとりの向上には、それぞれの努力とドラマがあった。最後にきて、ともに気持ちと力を合わせる形で入試に臨めたのは幸せだったと言うしかない。みんな、進学塾Uineで頑張ってくれてありがとう。

毎年都立受験前後にはこうして文章をものしているが、毎年反省や後悔を多分に含んだ受験記で、50を超えた今でも進歩がないなあと思う。ただ、達観したり傍観したりするような態度ではなく、いつまでも生徒と共に格闘する塾講師でいたいと、改めて思わずにはいられない。

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